新型コロナウィルスの感染体験を語ってしまう-①

新型コロナウィルス(デルタ株)に感染しておりました。発病は2021/7/27(火)→自宅療養→2021/8/10(火)自宅療養解除→2021/8/22現在後遺症が出ている状態です。現在はPCR陰性で2021/8/16より仕事を開始している50代男性・既往症無が、ようやく何が起こったのかを振り返る事ができるようになったのでちょっとまとめてみました。ワクチンは未接種でした。

また新型コロナウィルスはいわゆるパンデミックで私たちが経験しなかった事です。なので行政も含め、全てが超テンパってしまっている事については全く批判するつもりはありません。また文章内に出てくる固有名詞等は全て僕の主観による判断なので彼らには全く責任はないですし、僕自身も是々非々を問うつもりは全くありません。そもそも指定感染症というものはそのようなものだし僕自身がデルタ株をキャッチしたのは自身の不注意と想像力のなさと思っています。なのでどうか皆さんは、小さな枝葉を見るのではなく大きな森を見て、健康な生活維持にお役立てください。

まずは時系列に並べてみる。

時系列で並べてみます。この病気は何もできなくなるのですが、眠れないので脳みそは常に半覚醒している状態で、そのせいか細かい事も覚えているのです。ただ血中酸素濃度が著しく落ち、同時に知能もゲキ落ちするので結果考えられない→何もできなくなるという構造になるこの感覚はなった人しか共有できないかもしれないですね〜。
7/24(土)千葉の大原御宿ゴルフコースにてラウンド(40-38、27パットの今期最高スコア)する。
→その後、波乗りをしに御宿海岸にて入水。
→水があまりも冷たすぎて体が冷え、浜に上がって温かい砂の上に横たわっているうちに60分程爆睡。当時の御宿海岸はビーチガードを入れてオープン状態。湘南がクローズする中でスミ入れした若者や外国人でごった返ししている状態。飛沫は2m飛んで後は重力で地面に落ちるので、その地べたで口を開けて寝ているオヤジがいたわけですわ。笑笑
→拠点に帰って悪寒発生、風呂に浸かって出てきたら発熱。
→そのまま拠点を離脱、運転して帰宅する。自覚症状は熱だけ。途中発熱外来に電話するもコロナの症状には該当しないらしく様子を見るように言われる。途中コンビニで体温計を買い、検温しながら帰るが39度まで発熱する。自身も風邪か寝冷えか少し体調を崩してしまったなぐらいの感覚。
→帰宅し、そのまま自室へ。家人は7月頭にワクチン2回接種はしているが、絶対に部屋に入らないように告げ7/24は終了。
→翌7/25(日)熱だけ出ている状態。体の自覚症状もお馴染みの発熱感覚。再び発熱外来に電話するも昨日と同じ結果。だが発熱自体も10数年ぶりなので1日中ひっくり返っている状態。何も薬は飲まず。再び発熱外来に電話するも昨日と同じ結果。
→7/26(月)7/25日と全く変わらない症状。何も薬は飲まず。
→7/27(火)体温が37度前半まで下がる。少し余裕ができたので家にあった総合感冒薬を飲み始め、さらに状態が楽になる。発熱外来の見立てにも納得する。冷えピタや更に総合感冒薬を買いに出かける。
→7/28(水)1:00頃カラダ内部から、マグマにみたいにメラメラと燃えるような熱が込み上げてくる。あっという間に40度に。何もできなくなる。自身も異変に気付きコロナだと自覚する。冷えピタをおでこに貼るも通常8時間もつところが2時間でガビガビになってしまう。
→7/29(木)発熱外来に電話しさすがに病院を紹介してもらい、いけそうな所に電話する。実際はもう動けなくなっている。マスクをしても苦しくてかけてられない。でいけそうな少し遠い病院に電話するとかかりつけかどうかを聞かれる。当方16年間病院に行っていないのでかかりつけなんかない旨を伝えると先方は地域医療に専念する旨を伝えられ、事実上の断りを受ける。ひたすらパブロンと冷えピタで凌ぐ。とにかく何もできない。咳が発生し始めたので、横隔膜を必死で動かしてコントロールするのに精一杯。
→7/30(金)とにかく現状を確定する必要があると判断、PCRキットを通販で注文。同時にオキシメーターも注文。ひたすらパブロンと冷えピタで凌ぐ。トイレに行くにも風呂に入るにも一歩踏み出すたびに呼吸が荒くなって、どうにか空気を掴んでいる状態。
→7/31(土)8/1(日)8/2(月)体温がまだら的に37度台が出始め、ピークは凌いだと感覚する。ひたすらパブロンと冷えピタで凌ぐ。オキシメーターの数字は84とか90とかを示しているがそれが何を意味するのかは、当時は判断できない状態であった。ひたすら横隔膜を動かす器具(リアライン)を所持していたのを思い出しオキシメーターをつけながら、その数値をあげていくことに集中していた。実際オキシメーター数値を上げるコツがわかって喜んでいた。
→8/3(火)PCRキットに唾液を入れて送付する。唾液が出てこなくて苦労した。色々立ち回っているうちにそれまで食事は取らずにポカリスウェットだけっだので、体重がガタ落ちしていることに気づく。なのでYouTubeで大食い動画みて食欲を思い出すことにする。それでも食欲ない。
→8/4(水)8/3同様。ドラッグストアに買い出しに出かけるもマスクが苦しくてかけられないが我慢する。
→8/5(木)PCRキットにより陽性が確定する。デルタ株でありました。検査機関から連絡あって保健所に通知する旨受ける。
→8/6(金)保健所より電話あり。自宅療養になる。特にオキシメーターの数値など聞かれずにとにかく認知してもらっただけの印象。まあこの時点で中等症2級は自宅療養であったし、入院しても酸素コントロールをされるだけなので横隔膜がベコベコ動いていた僕にはあまり変わらないと当時は思った。
→8/10(火)1日おきくらいに保健所とやりとりしていたが、体温も下がり症状も落ち着いてきたので、この日に自宅療養解除になる。オキシメーターの数値は90ぐらいだったのだが、96前後と嘘を言ったら解除になった。この日にパターを打ったら苦しくて3球しか打てなかった。
→8/11(水)以降は食欲も出て思考力も戻ってきて、自分でリハビリを実行できるようになってくる。関係各所へ連絡する余裕も生まれてくる。
→8/17(火)以降は、PCR検査の陰性結果が戻ってきて一応一区切りついた感覚。それからロストした肺機能(空気から酸素を取り組んで体内に入れる)を取り戻すべく毎日少しずつ、体に負荷をかけ続けている。負荷をかけ過ぎると翌日ぐったりしてしまうのでその塩梅がわかってきた。また負荷をかけた直後は咳が乱発して出てくる。これは良い反応なのだと勝手に解釈している。

次回に続きます。

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